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サービス終了

2009年9月16日 (水)

SOTECブランドの終焉

ソーテックは格安PCというイメージがあったのですが、大手も含めてPCの価格が下落し、差別化ができなくなったところから迷走。安かろう悪かろうのイメージだけが残ってしまったとはいってもいいでしょう。

ソーテックが2007年にオンキヨーに買収されたあとも、「ソーテック」ブランドでproblemの販売を続けていましたが、今後は「オンキヨー」ブランドに切り替えることで、ブランドイメージの改善を図るとのことです。イメージの改善は可能だと思いますが (というか正直、元が悪すぎる) 、シェアをどこまで取れるかは未知数。オーディオに特化したPCというイメージ戦略が奏功すれば、可能性はありますが。

また、オンキヨーに限りませんが、ブランドの統一を図る戦略が増えているように感じます。統一感というのもあるのでしょうけれど、やはり規模を大きく見せること、あるいは大手や有名ブランドの傘下になったのであればその名称を積極的に使うことが、これからの生き残りの有力な手段だということになるのでしょうか。

そしてもう一つ、価格は競合製品との差別化要因にはなり得ますが、価格だけでは顧客はついてこないという実例でもあるでしょう。競争に敗れたブランドが淘汰されただけともとれますし、何らかの教訓を得ることもできるかもしれません。それがどんな教訓化は、わかりませんが。

2009年6月24日 (水)

民主党SNS「東京ライフ」、開設1週間で運営停止

試みとしては悪くなかったと思うのですが、荒らし対策を何もしていなかったというのは、さすがにどうだったか。

どうせ荒らしなんて一過性のものだからと、清濁併せのんで何でもありにしておいて、落ち着いたら政治談義ができるSNSになる、という運用もアリだと思いますが、それだとmixiや2ちゃんねると変わりないのか (笑) 。それにこれ、民主党の東京都連合会が来月の都議選対策として開いたものだから、そんな悠長なことはやれませんよね。

まあ、やるなら、はじめに政治関連のコミュニティをいくつか作っておくとともに、運営担当者を何人か雇う。運営担当者にコミュニティの管理人になってもらい、各コミュニティに投稿された不適切なコメントを削除する権限を与える。そして一般の利用者は、新たにコミュニティを作れないようにする。これでかなりの部分は何とかなったはずです。

本件とは別の話ですが、運営停止時のメッセージにある「(選挙活動の) インターネット解禁」については、ぜひとも実現してもらいたい。公職選挙法がネット時代にそぐわないものになっており、適切に法改正がなされるべきだと考えます。

公平性を重視するなら、選挙管理委員会が選挙管理サイトを構築し、各候補のネット上の選挙活動はその上のみで行うようにすれば十分。また、政見放送も、ネットからストリーミングで視聴できれば、政権を伝える機会がこれまで以上に増えるものと思われます。

ちょっと脱線しましたが、ネット上の政治活動のあり方は、いつまでも先送りできないと思います。今回のSNSは失敗ということになるのでしょうが、いろいろな方法を模索していいと思いますし、そろそろ腰を据えて取り組んでほしいものです。

2009年5月 8日 (金)

Cafesta継続ならず、@gamesへ移行

不景気で広告収入モデルが崩壊しつつあるというのもありますが、CGMが全般的に規模が重要なため、一極集中にならざるを得ないという側面のほうが大きいようにも思います。

SNSとしては、やはりミクシィが強いですから、2番手以降はどうしても苦戦を強いられてしまいます。SNSをはじめ、CGM (Consumer Generated Media) は、情報量が多い、つまり参加者が多いところが絶対的に有利であり、競合サービスの利用者を乗り換えさせる力があります。結果的に、一極集中になってしまうのは、CGMの宿命ともいえるでしょう。はてなダイアリーや、ウィキペディアなども同じ。ブログだけは例外かな。同じサービスを使っていても、個々人がばらばらに動いているという理由があるのかもしれません。

さて、カフェスタです。有償会員を集める施策をとりましたが、あまり功を奏さなかった模様。親会社がPCハードを主力とするマウスコンピューターで、本業の強化のために切られたという部分もあると思われます。ITmediaに詳しいのですが、親会社が転々としており、カフェスタそのものの収益性はどうだったのでしょうか。

とはいえ、サービスのたたみ方としては、かなり良心的なほうではないかと思われます。ゲームコミュニティに衣替えしますが、IDや日記などのデータはほぼそのまま移行され、サービス内通貨 (「カフェスタキャッシュ」) は新サービスでも使える (「Gコイン」) ということです。これでどれだけの利用者が納得できるか未知数ですが、少なくとも、何もしないのと比べれば雲泥の差でしょう。

2009年4月27日 (月)

米Yahoo!、GeoCitiesを閉鎖へ

個人のウェブサイトは、固定のページからブログへ移ってしまいましたからね。ウェブサイトのホスティングサービスは、ひとつの転換点かもしれません。

一時期は、ジオシティーズといえば、個人で使える無料のウェブサイトの代名詞的存在になっていました。CGIの利用などに制限があるなどあったようですが、かなり自由度の高いサービスだったのではないでしょうか。自分はプロバイダから与えられた領域で満足していたので、それ以外のサービスを試そうとは思わなかったのですが。

「ウェブ2.0」といわれて、5年くらいでしょうか。個人でもブログをはじめとする、双方向のサービスが主流になってきました。固定されたページはその役割を失ったとはいいませんが、主役の座を譲ったことは間違いないのではないかと思います。

もうひとつ、気づかれにくい理由があると思います。それはHTMLの高度化。標準化の流れでCSSを使うのが当然になり、内容と構造を分離するようになってくると、どうしてもソースが複雑になります。ジオシティーズを使っていた、いわゆるアーリーアダプターの利用者層では、複雑になりすぎたHTML/CSSをメンテナンスできなくなったのではないか、と推察するわけです。……というか、自分も正しいHTMLを書けなくなってきたわけですが。

可能であれば、既存のサイトやURLはそのまま、ホスティングサービスの提供元だけを別のところに移転する形になればよいのですが、当然ながらそうはいかないようです。各サイトの管理者がみずから移転の対応を行い、そして元のページはいつの間にかウェブの世界から消えてしまうことになるようですね。

2009年4月25日 (土)

Doblog、障害から復旧も、5月30日にサービス終了

こういうときの「知見は得られた」は常套句なんですが、違和感あるなあ……。たぶん自分がこの立場なら、そういわざるを得ないのは承知なのですが。

想像するに、根本的な再発防止策がとれないのでしょう。それは技術的な問題かもしれないし、コストの問題かもしれない。再発したときのリスクが大きすぎて、事業継続が不可能と判断されたのでしょうが、それをそのままいえないのが今回の発表内容につながったのではないかと思いました。

ブログやSNSなど (オンラインゲームも同じかな) でそれなりの利用者がいる場合、サービス撤退のタイミングや方法は、かなり難しい判断が必要と思われます。撤退することを利用者に納得してもらわないとなりませんし、データの移行方法などを提供し、利用者の不利益を最小限にすることも求められるでしょう。ブログであれば、すでに投稿されたデータを残すことも考えないといけないわけですし。

今回の発表をまともに信用している人は、おそらく誰もいないと思います。それだけに裏に何があったのか勘ぐる声は高くなりそうで――というか自分も想像を巡らせているわけですが (汗) ――、事実関係を公表してしまうほうがいいんじゃないかと思うのですが。

2009年4月 3日 (金)

Wikia Searchが3月でサービス終了

コンテンツサービスはコンテンツの量がサービスの質を規定するので、どうしても寡占状態にならざるを得ません。ウィキアサーチはコンテンツの確保に失敗し、ウィキペディアは成功した、ただそれだけ。

オープンソースかどうか、ということは、開発者が考えるほどサービス利用者は気にしていない。使いやすいかどうかだけで、オープンだろうとプロプラだろうと、使う人は自分が使えるように直してくれればそれでいいのだから。オープンソースなら自分でソースを修正できるといっても、実際にそうする人はごくわずかですし、オープンソースであることの利点は、ほとんど生かされていないように思います。

さて、検索サービスにおいては、入力された検索ワードに対して適切なサイトの情報を返すことが求められます。そのためには結果となり得るサイトを数多く持っていることと、適切な解を返すプログラムが作られていること。オープンソースで後者は改善できるものの、前者は困難なのではないでしょうか。そして、前者の部分で、ウィキアサーチはグーグルやヤフーに全く歯が立たなかった。それが敗因なのだろうと思われます。

逆に、オンライン百科事典の分野では、ウィキペディア (正確にはウィキアのサービスではありませんが) は競合サービスを凌駕し、エンカルタをサービス終了に追い込みました (たまご915のIT道中膝栗毛: MSN Encarta、年内で終了、データはWikipediaに移行?) 。それはやはり、コンテンツの量によるところが大きかったのでしょう。

今後も、コンテンツの量がサービスを規定し、ネットサービスがあらゆる分野で寡占が進む傾向は止まらないと思います。その中で健全な競争を行うには、市場経済に任せるのでは不十分で、何らかの市場操作が必要なのかもしれませんが、それがあるべき姿かどうか……。

2009年4月 2日 (木)

MSN Encarta、年内で終了、データはWikipediaに移行?

百科事典で何かを調べるようなことって、なくなってきましたからね。グーグルやヤフーでちょっと検索して、それで十分ということも多いですし、ウィキペディアレベルの記述で足りることもままあります。

米国での状況はわかりませんが、ITmediaなどによるとオンライン百科事典のアクセスの97パーセントをウィキペディアが占めているとのことで、エンカルタはほとんど使われなくなっていたのでしょう。日本でも、日本語版ウィキペディアの記述が充実している放送関係 (アニメ・アイドル・アナウンサーなど) やゲームが、よく検索されているわけで、百科事典の本来の姿とは違う形ではありますが、ウィキペディアの利用頻度は高まってきていると思われます。

結局は、それで十分だということであって、「百科事典」が必要ではなくなったということなのでしょう。与えられる情報が爆発的に増加した結果、個々人の知識が多様化したことで、個々人の知識の共通項であり、誰もが知っておくべき「教養」の範囲が非常に狭くなったこと。そして、記憶する場所が人間の頭の中からインターネットのサーバーに移ったことで、知らなくても調べればすぐにわかる、という環境が整ったこと。その結果、個人が百科事典を調べる環境がなくなり、百科事典そのものの需要が失われたということではないかと思量します。

エンカルタの情報を、ウィキペディアが引き取る可能性もあるようで、実際にウィキペディア創設者のジミー・ウェールズ氏がこのことに言及していました。エンカルタの文章量はそれほど多くないが、豊富な画像資料が役立つ可能性があるとのこと。どういうライセンスで継承するのか、日本語版でも利用できるのか、という点も含めて、今後が気になるところです。

2009年3月26日 (木)

OhmyNews、日本での活動を終了

日本での市民ジャーナリズムというものの、ひとつの限界を感じさせる出来事かもしれません。市民ジャーナリズムが定着するまでには、まだまだ時間がかかりそうです。

日本人の国民性だと思いますが、「お上」あるいは権力者に依存することによって生活しており、自分たちの生活を自分たちで守るという意識は、他国に比べて薄いと思われます。それは決して悪いことではないのですが、こと「市民ジャーナリズム」という形になると、全く機能しないままに瓦解してしまいます。ジャーナリズムとして必要な市民の自立が、存在しないわけですから。むしろ、よく2年半ももったものだ、というのが正直なところです。

その反面で、既存のマスメディアがネットでは強い批判を受け、メディアの報道内容への信頼が薄れています。果たして我々は、報道をどのように変えていくのか、変えていきたいのか。この先何年かは、迷走が続きそうです。

なにしろ、自分たちに取材能力がないにもかかわらず、他人によって取材されたものを否定するわけで、取材で得た情報の何を信用するのかもわからない。結局、自分の意見と合う情報だけを選択的に取り込むことになり、メディアがそれに迎合するように情報を偏らせてしまうと、ジャーナリズムそのものがまともに機能しなくなります。

ネット社会における利用者のリテラシーが十分に高まり、ネットに対応した新しい形のメディアが構築されるまでは、この傾向は続くと思われます。人間はそれほど愚かではないので、混乱が長期に及ぶことはないと信じていますが、それでも数年はかかりそうですね。

2009年1月23日 (金)

GoogleとYahooが相次いで動画共有事業を縮小・撤退

動画共有のビジネスモデルができない現状を如実に著しているといえますね。残った大手も、YouTubeは収益のめどが全く立っていないようだし、ニコニコ動画のほうがまだマシだといっても、苦しいのは変わりないし。

動画共有に限らず、ウェブサービスは無料で利用するもの、という常識ができてしまっており、これがグーグルとヤフーの首を絞めたということになるのでしょう。もっとも、ウェブサービスを無料にし、広告収入によるビジネスモデルを構築したのは、グーグルとヤフー自身なのですが。

動画のデータ量は非常に大きいため、動画共有サービスを運営するコストは他のサービスよりも大きくなります。広告収入を基礎とした既存のモデルでは立ちゆかなくなるのは、火を見るよりも明らかだったのでしょう。それでも他のサービスの収益を回す形でサービスを維持できていたのが、最近の不況によってそれもできなくなったというのが、相次いでの事業撤退ということになったのでしょうか。

大手の動画共有サイトには、グーグル陣営にはYouTubeが、ヤフー陣営には (陣営といえるか微妙ですが) ニコニコ動画があります。ここは専業でやっていますし、大量のユーザーを抱えているため、すぐにサービス終了ということはないでしょうが、経営が苦しいのは同じだったはずです。

とくにYouTubeのほうが深刻ではないでしょうか。ニコ動は「ニコニコ市場」とプレミアム会員制度で直接収入を得る仕組みを持っていますが、YouTubeはその仕組みさえありません。しかもニコ動には、テロップ風にコメントを書き込めるという差別化要因になる機能があり、さらに差が付いてしまうと思われます。おまけに、著作権問題での対応に常に追われるわけですから (これはニコ動も同じですが) ……。

私たちは動画共有サービスを楽しんでいるわけですが、実は相当崖っぷちにいるのではないかと、思うようになってきました。

2008年8月24日 (日)

はてな「Rimo」サービスを終了

開発元としては「役割を果たした」といわないといけないのでしょうが、本当に役割を果たしたといえるのか、疑問の残るところだと思います。

昨年2月のサービス開始で、このブログを立ち上げたときに取り上げた記憶 (たまご915のIT道中膝栗毛: はてな+YouTube+Wii = Rimo) があります。当時は鳴り物入りだったのですが、1年半の間に他のサービスに押され、結局は撤退を余儀なくされた、ということでしょう。

今年1月に「ラボ」に移り、実験的なサービスに変更されていたのですが、その理由が「専任の担当者がいなくなったから」。ようするに、開発を行っていた人間が退社し、引き継ぎを行わなかったということなのですが、これをそのまま公表してしまうのはどうだったのか。どうせ明るみに出るだろうから、という判断なのかもしれませんが、もうちょいオブラートにくるんだ表現はできなかったのでしょうか。

利用者は増えない、収益は見込めない、かといってテコ入れも不可能。しかも不具合や脆弱性のリスクは減ることがない、となれば撤退は自然な動きだと思います。この判断については批判はできませんが、今から考えればラボに移す段階で撤退していてもよかったのかもしれません (こんなことを書いても、結果論で、後出しですね) 。

そもそも、動画の自動再生サービスにどれくらい需要があるのか。Rimoの状況を見ていると、それほど需要があったとは思えないというのが正直なところ。動画共有というサービスが、テレビよりは能動的なものであり、またコンテンツが玉石混淆であるため、自動ではうまくいかない部分もあるのでしょう。ユーザーごとの嗜好に合わせて、自動で興味のあるコンテンツを取ってくることができれば、また状況は変わると思いますが、現状はそこまで技術は来ていない、と思うのです。

2008年6月20日 (金)

「ラブandベリー」9月でサービス終了

さすがに遊んだことはない (笑) 。娘もいないし。でも、マーケティング的にはよくできたゲームだと思いましたが、これも時代の流れですね。

4年近く続いたんですね。さすがに、子供の興味は4年間も続かないですし、新しいゲームに流れてしまうでしょうから、サービス終了はやむを得ないでしょう。

コンピュータゲームは、どちらかというと男の子向けの遊びだと思いますから、アーケードゲームを女の子向けに作るというのは勇気のいる選択だったのではないでしょうか。もっとも、女の子も「ムシキング」に熱中していたことから、女の子向けのゲームに可能性を見いだしていたということのようですが。

ここまでは誰でも思いつく。ですがここからがすばらしい。「おしゃれ」というテーマを選んだことで、アイテムの収集欲を喚起したこと。音ゲーの要素はあるが、リズムに合わせるだけで難易度を低く抑えたこと。カードに描かれた衣装を実際に作り、自分がゲームキャラになったような気分を味わえること。どこかでつまずいていれば、ここまでのブームにはならなかったものと思われます。

同じようにして、30代半ばの男性 (要するに私ですが) が楽しめるようなゲームはできないかなあ。今のゲームは何にしても難しくてマニアックすぎて、気軽に楽しもうという気にはなれません。かといって簡単なものは10代20代に取られてしまいますし、ホントなんにもないんですよね。

2008年1月 3日 (木)

Netscape Navigatorがサポート打ち切り

ずっとIEは使わない派 (現在はFirefox派) だったのですが、このニュースは寂しいですね。

今年最初のエントリーが、サービス終了の記事になってしまいました。記事を検索していて、10年前のINTERNET Watchの記事がヒットし (ネットスケープ社が「Netscape Navigator」の無償配布開始 : 1998年1月23日) 、諸行無常という言葉が頭に思い浮かびました。

この間バージョン9を出したばかりだったのですが、IEはもちろん、Firefoxに奪われたシェアを回復するには至らず、撤退という方向になったようです。バージョン4がシェアのピークだったと思いますが、このときでもCSS対応などのまずさが指摘されており、IEにシェアを奪われたあと、バージョン5を出せず、6以降が迷走したのが致命的でした。Netscapeがやりたかったこと、やるべきだったことはFirefoxが引き継いでおり、2003年にMozilla Foundationが設立されたときに、Netscapeブラウザはその役割を終えていたのかもしれません。

スラッシュドットジャパンでのタレコミによると、2007年現在のブラウザの世界シェアは、IEが77パーセント、Firefoxが16パーセントという調査結果もあります。今年はさらにこの差が縮まると思われ、かつてNetscapeとIEが演じた「ブラウザ戦争」の再来の予感がします。競争があると機能向上が加速されますので、シェアが近づいて、競争が過熱するのは歓迎ですが、どのような形でのシェア争いが見られるでしょうか。

2007年9月26日 (水)

楽天「ZERO90」、ひっそりとサービス終了

「終わった?」「いや、始まってすらいない」を地でいってしまいました。

ひっそりと終了しており、記事になっていないのでリンクは公式のところなどから。

自分も終了を知らず、ブログパーツの「Only One」に、このブログが「ZERO90 サービス終了」で上位に来ているというのを見て知ったという状態でした。

理由は明らかにされていません。そのうちどこかのメディアが取り上げてくれるのではないかと期待します。考えられるのは、全く採算が取れなかったか、突発的な事由でサービスが継続できなくなったか。

前者の可能性も相当あると思います。というのも、自分も不安視していましたが、コストのかかる動画広告をメインにしたことで、十分な広告が集まらず、広告収入が得られないことがすぐに考えられるからです。また、媒体を携帯電話に限定したことで、利用者のパイを小さくしてしまったことも影響したかもしれません。

後者の「突発的な事由」としては、担当者がいなくなってしまった、契約がこじれてしまった、新技術 (090カセット) が使い物にならなかった、などが考えられると思われます。いずれにせよ、理由が公表されない限りは想像の域を得ないですね。

楽天の見通しが甘かったのは間違いなさそうですが、損失を広げないためにこの段階で中止したという決断を評価してもよいのかもしれません。あまたある、ベンチャービジネスの失敗例の一つだと考えればそれだけなのかもしれませんが、サービス開始が大々的に報道されたのがねえ……。

2007年9月 2日 (日)

「imidas」「知恵蔵」が休刊、ネットに移行

時代の流れですね。老舗の「現代用語の基礎知識」は残るようですが。

実家にもこの手の新語辞典が置いてありましたが、1年ごとに新しいのを買ってくるので、古いものが置き場所に困ってかさばるんですよね。置いてあることでステータスになる部分もあるのでしょうが、ネットで検索できるのならそのほうがいいのかもしれません。

「イミダス」「知恵蔵」「現代用語の基礎知識」とも、だいたい2500円くらいで売られているようです。そしてネット版は各社とも月額200円程度ですので、書籍とネットはほぼ同じ値段ということになるでしょうか。イミダスは2003年からのデータが検索できるようですが、知恵蔵と基礎知識は2007年版だけかな。古いデータも、いつの版に出ていたのかを明示することで、利用価値があるとは思いますが、そこまで間に合っていないのか、あえて切っているのか。なお、3社とも、24時間限定の廉価サービスも行っていますので、必要なときだけ使うこともできそうです。

有料サービスも含めれば、何でもネットで検索できる世の中になってきています。それはいいことなのでしょうけれど、あまりにも情報が手軽に入手できすぎて、生み出す側の存在を忘れてしまいがちになります。要するに著作権の軽視という話になっていくわけですが、ネット上にしかないものであっても、印刷物と同じ著作権意識をもっていきたいものです。